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大学学長より
敬和学園大学 学長 北垣宗治
このたび敬和学園大学同窓会機関誌の第二号が出ることになり、ここに喜びと激励のメッセージを送らせていただきます。まもなく第四期生が卒業し会員数は九百人に近づきます。これだけの人数が新潟、新発田を中心に活躍しておられ、さらに首都圏はもちろん日本全国、いな、海外にも雄飛する人が出ていることは嬉しい限りです。ひとり一人が敬和の光を、その場その場で輝かせていただきたいものです。
私はカレッジ・レポートが出るたびに、その中に「学長室だより」を書いていますから、それで大学の近況に注目していただきたいと願っています。しかし何といっても、キャンパス内に堂々としたパーム体育館が完成したこと、そしてニューエル館という三階建ての教室棟が新発田館に接続して建設され、一九九八年度からはそれらが教育のためにフルに活用されることは、声を大にして報告したいことです。どうか一度それらを見にきてください。また第四期生の就職内定率は二月末現在で八八・五パーセントまで達しましたが、年度内にはめでたく九○パーセントを突破すると思われます。
敬和学園大学同窓会のご発展を心から念願し、ご挨拶といたします。
同窓会より
敬和学園大学同窓会 会長 米山光紀
じつに1年半ぶりの発行となりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私は第1回卒業生なので、敬和を後にして早くも3年が経っています。卒業して3年も部外者として大学と関係していると様々な見えなかった事が見えてきます。「大学とは」「母校とは」そんなことも考えさせられます。
「大学は企業であり、母校である」という事を卒業して初めて感じました。卒業生である私たちが大学と関わっていく際、この二面性を理解しつつ、ある時は母校を懐かしみ、ある時は企業としての発展のために寄与する事となります。私たちの今が有るのは、敬和学園での教育が有ったからというのは大袈裟ですが、今の自分を作り出す一つの要素である事に間違いは有りません。敬和でできた人とのつながりを無くさないためにも同窓会の活動のスタンスを明確にして、同窓会にしかできない事について考えていく必要が有ります。
同窓会にしかできない事はたくさんあります。まず若い卒業生はついちょっと前迄は学生だったわけですから学生に一番近い・学生の気持ちが良くわかる・それでいて社会人である・これを生かして対学生(後輩)に対してのアドバイスができるという事になります。また、同窓会は、同じ学校で似たような事を経験してきた仲間たちの集まりなのですから、自然と仲間意識が生まれやすい。これを利用した情報のネットワークを作り、相互に情報交換をし発展していく事も可能です。そして、一人では気恥ずかしくてできないような母校への恩返しも同志がいればやりやすいというものです。以上は私が勝手に思っている事でほんの一例でしかありませんが、皆さんの中にはそれぞれ思うところが有るでしょう。
その皆さんの意見を大切にしながら同窓会を作っていきたいと思いますので、なにとぞ活発な意見を同窓会に寄せて下さい。
同窓会も4年目を迎えて、大学の尋真館1階に部屋を貸して頂き、ようやく拠点と言える場所ができました。機関誌も第2号の発行となりました。今年は第2回の同窓会総会も大学の学園祭にあわせて予定されています。個々に環境は違いますが、同じ大学で学んだ仲間として今後ともよろしくお願いします。
卒業生ズームアップ
菅野由貴子さん(版画家)
菅野由貴子さん(第一回卒業生・国際文化学科)は自分のあるべき姿、創作者としてのビジョンを備えているように感じる人である。昨年の十月下旬、東京は銀座のさるギャラリーにて「菅野由貴子銅版画展」が開催されたのを知り、東京に菅野さんを訪ね、お話を伺った。
菅野さんのご職業はイラストレーターと最初はお聞きしましたが、版画家へと転向された経緯などを教えてください。
「イラストレーターとしては卒業後少しかいていました。新潟の某タウン誌のイラストとか。でもイラストはその場限り、見終わったら捨ててしまう。まして雑誌ならなおのことですね。ですからその後にも残るものをということで版画に進んだんです。今回の作品展に関して一年かけて二十数点制作しました。」
では菅野さんは今後も版画家として進んでいかれるつもりですか。しかしここに至るまでいろいろな迷いや悩みがあったでしょうね。
「私の場合、今回の個展に関しても私自身よりも周りが大変応援してくれたのでここまで出来たというのもあるんです。特に母には学生時代の選択でも大きく影響されました。家族ということでは私の祖父も画家だったんです。生まれた環境にもう絵がありましたから、そのまま入っていけたのだと思います。」
しかし、やはりいきなり銀座で個展を開催するという行動力には驚きました。天下の銀座でデビューを飾る。
(話を聞いている最中も入れ替わり立ち替わり来客が訪れる。いずれも目の肥えた連中ばかり、そんな厳しい批評家を相手に作品の説明などを丁寧にされる。)最後に今後の菅野さんの展望などありましたら教えてください。
「今はとにかくイラストレーターよりも版画の方へ力を入れたいと思っていますから個展も続けていきたい。グループ展にも参加したりしながら今後は版画家としていくつもりです。敬和時代の恩師、神田先生からも最低十年は続けなさいとも言われましたね。」
(神田教授より)
彼女は敬和という環境だったから逆にこの道を選べたと思う。美大に行くよりもずっと敬和が彼女を版画の道へと開かせたのかもしれない。センスもあるしともかく続けてほしい。やるべきことは分かっているのだから、壁にぶつかっても創作の世界の厳しさにはめげずに乗り越えていってほしい。
(聞き手 鈴木貴之)
1997年組寄贈による
学生掲示板完成
1997年組(北垣学長)卒業生寄贈による学生掲示板がこのほど新体育館建設とともに建てられた。
掲示板が置かれる場所は部室棟脇になり、体育館への出入りの際に見ることができる。従来のオレンジホール・アネックスの掲示板と異なり学生たちの手でこの掲示板を管理することになる。
この掲示板であれば学生団体だけでなく個人での活用も可能になるかもしれない。この春からの活用に期待したい。
報告 鈴木貴之(第三回卒業生)
発見! Coolな敬和っ子
(Cool=「涼しい」ではなく「かっこいい」「粋な」の意味)
「何か最近の若い奴はいるんだかいねんだかわかんねな」そんなオヤジのようなつぶやきが聞こえる敬和大。でもがんばってる後輩たちもいるんですよ。
こんな学生紹介
〜FMラジオサークル・長島孝二さん〜
昨年、FMしばたが開局したのは皆さんもご存知のことだろう。さて番組の中に敬和の名を見かけた。『あおぞらボンバー』(毎週土曜夜6時より放送中)。この番組のパーソナリティーとして活躍されている長島孝二さん(1996年度入学・国際文化学科)にお話を伺った。番組はFMラジオサークルの部員7名によって毎週収録さ
れているというから大変。
「敬和の学生らしい番組を目指しています。『あおぞらボンバー』を聴いた方の中には敬和の学生はふざけた奴が多いのか(笑)という投書もありましたけど納得のいくものにしたいしそれで周りも受けてくれたらいいと思います。」
なるほど、タイトルも個性的な感じを受けますけど皆で考えたんですか。
「僕が思いつきで出したんです。周りはそのとき受けてくれたから、これはいけると思いましたが、後々後悔することになりました。(笑)
しかし番組は皆で作るものですから、僕は進行役として番組の中にいるつもりです。今は1年・2年生が中心になって動いていますから、何か新しいものができたらと思っています。」
長島さんは映画部でも活動されていますね、新作があるとか。
「96年学内公開の『必殺仕事人』の第2弾です。前作以上の娯楽映画を目指します。『あおぞらボンバー』共々敬和の名物番組にしたいですね。」
(聞き手 鈴木貴之)
演劇研究会
現在ウチは年2回以上の公演を中心に活動しています。普段は発声から始まり、筋力トレーニング・演技の練習メニューなどをこなしていっています。
公演が近づくと演出のもと、全員が一丸となって見応えのある芝居を作っていきます。それは演技や演出もさることながら、音響や効果にも凝り、様々な面白いアイディアを常に反映させています。常に他の演劇集団とは違う
「何か」を追い求め、発見・活用してきました。そうして構築した新世界を提供していくのがウチの演劇なのです。
それでは、次の公演でお待ち申しております。
小林寺拳法部
みなさん、少林寺拳法をご存じでしょうか。少林寺拳法とは、他のスポーツや武道とは違い、相手を倒し、勝ち負けを決めるのではなく、お互いに練習し、強くなっていこうという武道です。
我々少林寺拳法部は、今年で五年を迎えます。当時、長岡高専に所属されていた北上さんの協力もあり、創部二年目にして全国大会に出場するに至り、勢いづくことができました。
これからも山口支部長の下、部員一同、力を合わせて躍進し続けたいと考えておりますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
卒業生・あの人は今
卒業してもう○年。
学生の頃は早く社会に出たいと思ったけど、社会人って意外とたいへん。
まさにとばされる風船のように毎日が流れるように過ぎていきます。
でもこんな今だからこそ大学の頃の仲間たちを大切にしたいね。
気がつけば、私も卒業してから一年が経ち、一人暮らしからまた実家に帰っての生活になりました。が、毎日「仕事、めし、寝る」の繰り返しになってしまい、「何だかさみしいなぁ、オイ」と独り言が多くなってしまいました。
独り言が多いのは年寄りの証拠でしょうか。それでも、「まずいなあ」と独り言をつぶやきながら、この原稿書きました。
(勝又直人・三期生)
私は今、大光銀行の安田支店に勤務して、主に窓口業務を担当しています。毎日正確に、迅速にと心がけ、時には検定試験や通信教育の締切りに追われながら、2年もの月日が過ぎようとしています。
やっと、銀行員としての自覚が出てきた?このごろです。
(渡辺紀子・二期生)
つどえ!
眠れる獅子たちよ!
(要するに原稿と スタッフ募集)
大学とは何だったのか
〜敬和で得たもの失ったもの〜
同窓会 総務 鈴木貴之
私自身、大学とは何だったのだろうかとふと振り返ることがある。卒業した大半の学生は「バカ!」とか「この低能○○」とか「お前!本当に大卒か、この○○棒」などと言われながら(推測)この厳しい現実を生き抜いていることだろう。(たぶん)そんな日々の中で、大学のことをふりかえると「学生のうちにもっと遊べばよかったっ
けね。」という人が大勢いるはずだ。(ですよね)
確かに勤め人には時間はない。しかし作ればあるのも時間。おおかた職種によってまちまちだが、できる限りの時間の作り方はできる。それを学ぶのが大学ではなかったのだろうか。それは卒業してからむしろ活かされるものである。まあ「余裕」が「のんき」や「のんびり」という風にならない限りは、大学とは「余裕を楽しむ」場所だったと思う。みなさんは大学で何を得ましたか。
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